『羅生門』テスト問題〈第三段落〉




【三】本文について、設問に答えよ。

そこで、下人は、両足に力を入れて、いきなり、①はしごから上へ飛び上がった。そうして聖柄の太刀に手をかけながら、大股に老婆の前へ歩み寄った。老婆が驚いたのは言うまでもない。
老婆は、一目下人を見ると、まるで弩にでもはじかれたように、飛び上がった。
「おのれ、どこへ行く。」
下人は、老婆が死骸につまずきながら、慌てふためいて逃げようとする行く手を塞いで、こう罵った。老婆は、それでも下人を突きのけて行こうとする。下人はまた、それを行かすまいとして、押し戻す。二人は死骸の中で、しばらく、無言のまま、つかみ合った。しかし勝敗は、初めから、わかっている。下人はとうとう、老婆の腕をつかんで、無理にそこへねじ倒した。ちょうど、鶏の脚のような、骨と皮ばかりの腕である。
「何をしていた。言え。言わぬと、②これだぞよ。」
下人は、老婆を突き放すと、いきなり、太刀の鞘を払って、白い鋼の色を、その目の前へ突きつけた。けれども、老婆は黙っている。両手をわなわな震わせて、肩で息を切りながら、目を、眼球がまぶたの外へ出そうになるほど、見開いて、おしのように執拗く黙っている。これを見ると、下人は初めて明白に、この老婆の生死が、全然、自分の意志に支配されているということを意識した。そうして③この意識は、④今まで険しく燃えていた憎悪の心を、いつの間にか冷ましてしまった。あとに残ったのは、ただ、ある仕事をして、それが円満に成就したときの、安らかな得意と満足とがあるばかりである。そこで、下人は、老婆を、見下ろしながら、少し声を和らげてこう言った。
「俺は検非違使の庁の役人などではない。今し方この門の下を通りかかった旅の者だ。だからおまえに縄をかけて、どうしようというようなことはない。ただ、今時分、この門の上で、何をしていたのだか、それを俺に話しさえすればいいのだ。」
すると、老婆は、見開いていた目を、いっそう大きくして、じっとその下人の顔を見守った。まぶたの赤くなった、肉食鳥のような、鋭い目で見たのである。それから、しわで、ほとんど、鼻と一つになった唇を、何か物でもかんでいるように、動かした。細い喉で、とがった喉ぼとけの動いているのが見える。そのとき、その喉から、⑤からすの鳴くような声が、あえぎあえぎ、下人の耳へ伝わってきた。
「この髪を抜いてな、この髪を抜いてな、かつらにしょうと思うたのじゃ。」
下人は、老婆の答えが存外、平凡なのに失望した。そうして失望すると同時に、また前の憎悪が、冷ややかな侮蔑といっしょに、心の中へ入ってきた。すると、その気色が、先方へも通じたのであろう。老婆は、片手に、まだ死骸の頭から奪った長い抜け毛を持ったなり、蟇のつぶやくような声で、口ごもりながら、こんなことを言った。
「なるほどな、死人の髪の毛を抜くということは、なんぼう悪いことかもしれぬ。じゃが、ここにいる死人どもは、みな、そのくらいなことを、されてもいい人間ばかりだぞよ。現に、わしが今、髪を抜いた女などはな、蛇を四寸ばかりずつに切って干したのを、干し魚だと言うて、太刀帯の陣へ売りに往んだわ。疫病にかかって死ななんだら、今でも売りに往んでいたことであろ。それもよ、この女の売る干し魚は、味がよいと言うて、太刀帯どもが、欠かさず菜料に買っていたそうな。わしは、この女のしたことが悪いとは思うていぬ。せねば、飢え死にをするのじゃて、しかたがなくしたことであろ。されば、今また、わしのしていたことも悪いこととは思わぬぞよ。これとてもやはりせねば、飢え死にをするじゃて、しかたがなくすることじゃわいの。じゃて、そのしかたがないことを、よく知っていたこの女は、おおかたわしのすることも⑦大目に見てくれるであろ。」
老婆は、だいたいこんな意味のことを言った。

 

 

問一 傍線部①とあるが、この時の下人の気持ちを説明しなさい。

問二 傍線部②とあるが、老婆はなにが言いたかったのか。

問三 傍線部③は、どのような「意識」か説明しなさい。

問四 傍線部④の理由を説明しなさい。

問五 傍線部⑤とは、どういう声か。

問六 傍線部⑥とあるが、なぜ「平凡」でない答えを期待したのか。

問七 傍線部⑦と老婆が述べる理由を説明しなさい。

 




 

 

 

 

 

 

 

 

 

【解答例】

問一 許されるはずのない悪い行為をしている老婆を捕らえようという気持ち。

問二 殺すぞ

問三 老婆の生死が、自分の意志に支配されているという意識。

問四 下人にとって悪の象徴である老婆の生死が、自分の意志でどうにでもできると意識したから。

問五 しわがれたダミ声

問六 下人にとって、老婆は非常に不気味な存在であり、雨の夜の羅生門という不気味な場所であったため。

問七 生きるためにする悪は仕方がない。

 

 

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

*

CAPTCHA