『羅生門』テスト問題〈第二段落〉




【二】本文について、設問に答えよ。

それから、何分かののちである。羅生門の楼の上へ出る、幅の広いはしごの中段に、一人の男が、①猫のように身を縮めて、息を殺しながら、上の様子をうかがっていた。楼の上から差す火の光が、かすかに、その男の右の頰をぬらしている。短いひげの中に、赤くうみを持ったにきびのある頰である。下人は、初めから、この上にいる者は、死人ばかりだと②たかをくくっていた。それが、はしごを二、三段上ってみると、上では誰か火をとぼして、しかもその火をそこここと、動かしているらしい。これは、その濁った、黄色い光が、隅々にくもの巣をかけた天井裏に、揺れながら映ったので、すぐに③それと知れたのである。この雨の夜に、この羅生門の上で、火をともしているからは、どうせただの者ではない。
下人は、やもりのように足音を盗んで、やっと急なはしごを、いちばん上の段まで這うようにして上りつめた。そうして体をできるだけ、平らにしながら、首をできるだけ、前へ出して、恐る恐る、楼の内をのぞいてみた。
見ると、楼の内には、うわさに聞いたとおり、いくつかの死骸が、無造作に捨ててあるが、火の光の及ぶ範囲が、思ったより狭いので、数はいくつともわからない。ただ、おぼろげながら、知れるのは、その中に裸の死骸と、着物を着た死骸とがあるということである。もちろん、中には女も男もまじっているらしい。そうして、その死骸はみな、それが、かつて、生きていた人間だという事実さえ疑われるほど、土をこねて造った人形のように、口を開いたり手を伸ばしたりして、ごろごろ床の上に転がっていた。しかも、肩とか胸とかの高くなっている部分に、ぼんやりした火の光を受けて、低くなっている部分の影をいっそう暗くしながら、永久におしのごとく黙っていた。
下人は、それらの死骸の腐乱した臭気に思わず、鼻を覆った。しかし、その手は、次の瞬間には、もう鼻を覆うことを忘れていた。ある強い感情が、ほとんどことごとくこの男の嗅覚を奪ってしまったからである。
下人の目は、そのとき、初めて、その死骸の中にうずくまっている人間を見た。檜皮色の着物を着た、背の低い、痩せた、白髪頭の、④猿のような老婆である。その老婆は、右の手に火をともした松の木切れを持って、その死骸の一つの顔をのぞき込むように眺めていた。髪の毛の長いところを見ると、たぶん女の死骸であろう。
下人は、六分の恐怖と四分の好奇心とに動かされて、暫時は息をするのさえ忘れていた。旧記の記者の語を借りれば、「頭身の毛も太る」ように感じたのである。すると、老婆は、松の木切れを、床板の間に挿して、それから、今まで眺めていた死骸の首に両手をかけると、ちょうど、猿の親が猿の子のしらみを取るように、その長い髪の毛を一本ずつ抜き始めた。髪は手に従って抜けるらしい。
その髪の毛が、一本ずつ抜けるのに従って、下人の心からは、⑤恐怖が少しずつ消えていった。そうして、それと同時に、⑥この老婆に対する激しい憎悪が、少しずつ動いてきた。――いや、この老婆に対すると言っては、語弊があるかもしれない。むしろ、あらゆる悪に対する反感が、一分ごとに強さを増してきたのである。このとき、誰かがこの下人に、さっき門の下でこの男が考えていた、飢え死にをするか盗人になるかという問題を、改めて持ち出したら、おそらく下人は、なんの未練もなく、飢え死にを選んだことであろう。⑦それほど、この男の悪を憎む心は、老婆の床に挿した松の木切れのように、勢いよく燃え上がり出していたのである。
下人には、もちろん、なぜ老婆が死人の髪の毛を抜くかわからなかった。したがって、合理的には、それを善悪のいずれに片づけてよいか知らなかった。しかし下人にとっては、この雨の夜に、この羅生門の上で、⑧死人の髪の毛を抜くということが、それだけですでに許すべからざる悪であった。もちろん、下人は、さっきまで、自分が、盗人になる気でいたことなぞは、とうに忘れているのである。

 

 

問一 傍線部①とあるが、これは下人のどのような様子か。

問二 傍線部②の意味を答えなさい。

問三 傍線部③の指示内容を答えなさい。

問四 傍線部④とは、どういう老婆か。簡潔に答えなさい。

問五 傍線部⑤とあるが、それはなぜか。

問六 傍線部⑥とあるが、最も端的に言い換えている部分を本文から十一字で抜き出せ。

問七 傍線部⑦とあるが、どれほどなのか。「…ほど」に続くように本文から二十五字以内で探して、はじめと終わりの四字を抜き出しなさい。

問八 傍線部⑧とあるが、それはなぜか。

 




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【解答例】

問一 上にいる何者かに見つからないよう恐る恐る行動している様子。

問二 たいしたことはないと見くびっていた。

問三 上で誰かが火を動かしているらしいということ。

問四 顔のしわくちゃな、小さくうずくまっている老婆。

問五 老婆が何をしているかがわかってきたから。

問六 あらゆる悪に対する反感

問七 おそらく~にを選ぶ[ほど]

問八 こんな雨の降る恐ろしい夜に、人が寄りつかない羅生門で死人の髪を抜くことは、倫理的に許すこと

ができない行為だから。

 

 

 

 

 

 

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