『こころ』テスト問題 <下 先生と遺書 四二>

 

 

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【一】本文について、設問に答えよ。

私はKと並んで足を運ばせながら、彼の口を出る次の言葉を腹の中で暗に待ち受けました。あるいは待ち伏せと言ったほうがまだ適当かもしれません。そのときの私はたといKをだまし打ちにしてもかまわないくらいに思っていたのです。しかし私にも教育相当の良心はありますから、もし誰か私のそばへ来て、おまえは卑怯だと一言ささやいてくれる者があったなら、私はその瞬間に、はっと我にたち返ったかもしれません。もしKがその人であったなら、私はおそらく彼の前に赤面したでしょう。ただ①Kは私をたしなめるにはあまりに正直でした。あまりに単純でした。あまりに人格が善良だったのです。目のくらんだ私は、②そこに敬意を払うことを忘れて、かえってそこにつけ込んだのです。そこを利用して彼を打ち倒そうとしたのです。
Kはしばらくして、私の名を呼んで私のほうを見ました。今度は私のほうで自然と足を止めました。するとKも止まりました。私はそのときやっとKの目を真向きに見ることができたのです。Kは私より背の高い男でしたから、私はいきおい彼の顔を見上げるようにしなければなりません。私はそうした態度で、③狼のごとき心を罪のない羊に向けたのです。
「もうその話はやめよう。」と彼が言いました。彼の目にも彼の言葉にも変に悲痛なところがありました。私はちょっと挨拶ができなかったのです。するとKは、「やめてくれ。」と今度は頼むように言い直しました。私はそのとき彼に向かって残酷な答えを与えたのです。狼がすきをみて羊の咽喉笛へ食らいつくように。
「やめてくれって、僕が言い出したことじゃない、もともと君のほうから持ち出した話じゃないか。しかし④君がやめたければ、やめてもいいが、ただ口の先でやめたってしかたがあるまい。君の心でそれをやめるだけの覚悟がなければ。いったい君は君の⑤平生の主張をどうするつもりなのか。」
私がこう言ったとき、⑥背の高い彼は自然と私の前に萎縮して小さくなるような感じがしました。彼はいつも話すとおりすこぶる強情な男でしたけれども、一方ではまた人一倍の正直者でしたから、自分の矛盾などをひどく非難される場合には、決して平気でいられないたちだったのです。私は彼の様子を見てようやく安心しました。すると彼は卒然「覚悟?」とききました。そうして私がまだなんとも答えない先に「⑦覚悟、――覚悟ならないこともない。」とつけ加えました。彼の調子は独り言のようでした。また夢の中の言葉のようでした。
二人はそれぎり話を切り上げて、小石川の宿のほうに足を向けました。わりあいに風のない暖かな日でしたけれども、なにしろ冬のことですから、公園の中は寂しいものでした。ことに霜に打たれて蒼みを失った杉の木立の茶褐色が、薄黒い空の中に、梢を並べてそびえているのを振り返って見たときは、⑧寒さが背中へかじりついたような心持ちがしました。我々は夕暮れの本郷台を急ぎ足でどしどし通り抜けて、また向こうの丘へ上るべく小石川の谷へ降りたのです。私はそのころになって、ようやく外套の下に体の温かみを感じ出したくらいです。
急いだためでもありましょうが、我々は帰り道にはほとんど口をききませんでした。うちへ帰って食卓に向かったとき、奥さんはどうして遅くなったのかと尋ねました。私はKに誘われて上野へ行ったと答えました。奥さんはこの寒いのにと言って驚いた様子を見せました。お嬢さんは上野に何があったのかと聞きたがります。私は何もないが、ただ散歩したのだという返事だけしておきました。平生から無口なKは、いつもよりなお黙っていました。奥さんが話しかけても、お嬢さんが笑っても、ろくな挨拶はしませんでした。それから飯を飲み込むようにかき込んで、私がまだ席を立たないうちに、自分の部屋へ引き取りました。

 

問一 傍線部①とあるが、これはKのどのような点について述べたものか。最も適当なものを次から選べ。
 「私」がお嬢さんに恋していることを、Kがまったく気づいていない点。
 Kは親友の「私」を信頼しきって話しかけてきており、まったく疑っていない点。
 お嬢さんへの思いで一杯になっているKの、恋について一途で純粋な点。
 Kが自分の信念と恋心との矛盾をそのまま丸ごと受け止めようとしている点。

問二 傍線部②とあるが、何を指しているか。本文の言葉を用いて述べよ。

問三 傍線部③とあるが、
(1)「狼のごとき心」と「罪のない羊」に用いられている表現技法をそれぞれ漢字で答えなさい。ただし、答え方が複数ある場合は、より詳しく特徴を説明している語を使うこと。
(2)何をたとえたものか。次の文にあてはまる言葉の組み合わせとして最も適当なものを、次から選べ。

  • 「狼のごとき心」は私の( A )的な心を、「罪のない羊」はKの( B )な心をたとえたものである。

 A 友好 B 無知
 A 攻撃 B 純粋
 A 攻撃 B 脆弱
 A 計画 B 友好

問四 傍線部④「君がやめたければ、①やめてもいいが、ただ口の先でやめたってしかたがあるまい。君の心でそれを②やめるだけの覚悟がなければ」とあるが、①②はそれぞれ何を「やめる」ことを意味しているのか。最も適当なものを、それぞれ選べ。
 お嬢さんの話
 お嬢さんの恋
 生きること
 道を貫くこと

問五 傍線部⑤について、
(1)「平生」の読み方を意味を答えなさい。
(2)どういうことか。最も適当なものを次から選べ。
 自分が進む道のためには、すべてを犠牲にすべきであるということ。
 どんなときでも、自分の心に対して正直に生きるべきであるということ。
 何事かを実行するためには、覚悟を決めなくてはならないということ。
 他人から何と言われようとも、自分の生き方を変えないということ。

問六 傍線部⑥とあるが、このとき、「私」とKの立場はどうなったのか。次の中から選び、記号で答えよ。
 今まで感じていたKに対する親近感が失われ、私がよそよそしい気持ちを抱き始めた。
 今までも持っていたKに対する信頼感がさらに深まり、私とKが本音でつき合えるようになった。
 今まで抱いていたKに対する恐れがなくなり、立場が逆転して私が精神的に優位になった。
 今まで気づいていなかったKに対する対抗意識が芽生えて、私はKには負けたくないと思い始めた。

問七 傍線部⑦というKの言葉を、「私」はどのような意味に受け取ったか。「…覚悟」に接続するように十二字程度で書け。

問八 傍線部⑧について、この表現が暗示する「私」の心理として最も適当なものを、次から選べ。
 無口なKとではなかなか話が進まず、今後のことが読めないので途方に暮れる思い。
 自信を持って生きてきたKがいつになく弱気でいることを心配する思い。
 卑怯なやりかたでKを追い込んでしまったのではないかという後ろめたい思い。
 霜に打たれた杉並木の色が何となく恐ろしい感じで、身がすくむような思い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【解答例】
問一 イ
問二 正直で単純で善良なKの性格。
問三(1)「狼」:直喩 「羊」:隠喩 (2)イ
問四 ①ア ②イ
問五(1)へいぜい 普段 (2)ア
問六 ウ
問七 お嬢さんへの恋を諦める[覚悟]
問八 ウ

 

 

 

 

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