『檸檬』テスト問題〈第二段落〉

【二】本文について、設問に答えよ。

なぜだかその頃私は①みすぼらしくて美しいものに強く引きつけられたのを覚えている。風景にしても壊れかかった街だとか、その街にしてもよそよそしい表通りよりもどこか親しみのある、Aキタナい洗濯物が干してあったりがらくたが転がしてあったりむさくるしい部屋がのぞいていたりする裏通りが好きであった。雨や風がむしばんでやがて土に帰ってしまう、といったようなBのある街で、土塀が崩れていたり家並みが傾きかかっていたり――勢いのいいのは植物だけで時とするとびっくりさせるような向日葵があったりカンナが咲いていたりする。
時々私はそんな道を歩きながら、ふと、そこが京都ではなくて京都から何百里も離れた仙台とか長崎とか――そのような市へ今自分が来ているのだ――という錯覚を起こそうと努める。私は、できることなら京都から逃げ出して誰一人知らないような市へ行ってしまいたかった。第一に安静。がらんとした旅館の一室。清浄な布団。匂いのいい蚊帳と糊のよくきいた浴衣。そこで一月ほど何も思わず横になりたい。《X》――錯覚がようやく成功し始めると私はそれからそれへ想像の絵の具を塗りつけてゆく。何のことはない、私の錯覚と壊れかかった街との二重写しである。そして②私はその中に現実の私自身を見失うのを楽しんだ
私はまたあの花火というやつが好きになった。花火そのものは第二段として、あの安っぽい絵の具で赤や紫や黄や青や、さまざまのしま模様を持った花火の束、中山寺の星下り、花合戦、枯れすすき。それから鼠花火というのは一つずつ輪になっていて箱に詰めてある。そんなものが変に私の心をそそった。
それからまた、③びいどろという色硝子で鯛や花を打ち出してあるおはじきが好きになったし、南京玉が好きになった。またそれをなめてみるのが私にとって何とも言えない享楽だったのだ。あのびいどろの味ほどかすかな涼しい味があるものか。私は幼いときよくそれを口に入れては父母に叱られたものだが、その幼時の甘い記憶が大きくなって落ちぶれた私によみがえってくるせいだろうか、全くあの味にはかすかな爽やかな何となく詩美といったような味覚が漂っている。《Y》
察しはつくだろうが私にはまるで【  】がなかった。とはいえそんなものを見て少しでも心の動きかけたときの私自身を慰めるためにはぜいたくということが必要であった。二銭や三銭のもの――といってぜいたくなもの。美しいもの――といって無気力な私の触角にむしろこびてくるもの。――そういったものが自然私を慰めるのだ。
生活がまだむしばまれていなかった以前私の好きであった所は、例えば丸善であった。《Z》赤や黄のオードコロンやオードキニン。Cシャレた切子細工や典雅なロココ趣味の浮き模様を持った琥珀色や翡翠色の香水瓶。煙管、小刀、石鹸、煙草。私はそんなものを見るのに小一時間も費やすことがあった。そして結局一等いい鉛筆を一本買うくらいのぜいたくをするのだった。しかしここももうその頃の私にとっては重苦しい場所にすぎなかった。書籍、学生、勘定台、これらは皆借金取りのD亡霊のように私には見えるのだった。

 

問一 傍線部A〜Dのカタカナは漢字に直し、漢字は読みをひらがなで答えよ。

問二 次の一文が入るべき箇所は《X》《Y》《Z》のうちどこか。
◆願わくはここがいつの間にかその市になっているのだったら。

問三 傍線部①を詳しく述べている連続し二文を探して、はじめと終わりの三字を答えよ。

問四 傍線部②とあるが、その理由に最も関係のあるものは次のうちどれか。
ア 満身創痍  イ 現実逃避  ウ 無病息災  エ 責任転嫁

問五 傍線部③とあるが、私の心をそそる「びいどろ」に対して「私」がとった行動を本文から五字で抜き出せ。

問六 【  】に入るべき漢字一字を書け。

問七 本文の作品名と作者を漢字で答えよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【解答例】
問一 A汚(い) Bおもむき C洒落 Dぼうれい
問二《X》
問三 二銭や〜るもの
問四 イ
問五 なめてみる
問六 金
問七 檸檬、梶井基次郎

 

 

 

 

 

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