『山月記』テスト問題〈第五段落〉

【五】本文について、設問に答えよ。

なぜこんな運命になったかわからぬと、先刻は言ったが、しかし、考えようによれば、思い当たることが全然ないでもない。人間であったとき、おれはA努めて人との交わりを避けた。人々はおれを倨傲だ、尊大だと言った。実は、それがほとんど羞恥心に近いものであることを、人々は知らなかった。もちろん、かつての郷党の鬼才と言われた自分に、自尊心がなかったとは言わない。しかし、それは臆病な自尊心とでも言うべきものであった。おれは詩によって名を成そうと思いながら、進んで師に就いたり、求めて詩友と交わって①切磋琢磨に努めたりすることをしなかった。かといって、また、おれは俗物の間に伍することもB潔しとしなかった。ともに、我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心とのせいである。己の②にあらざることを惧れるがゆえに、あえて刻苦して磨こうともせず、また、己の珠なるべきを半ば信ずるがゆえに、碌々として③に伍することもできなかった。おれはしだいに世と離れ、人と遠ざかり、憤悶と慙恚とによってますます己の内なる臆病な自尊心を飼いふとらせる結果になった。人間は誰でも猛獣使いであり、その④猛獣に当たるのが、各人の性情だという。おれの場合、この尊大な羞恥心が猛獣だった。虎だったのだ。これがおれを損ない、妻子を苦しめ、友人をCキズつけ、果ては、おれの外形をかくのごとく、内心にふさわしいものに変えてしまったのだ。今思えば、全く、おれは、おれの持っていたわずかばかりの才能を空費してしまったわけだ。人生は何事をもなさぬにはあまりに長いが、何事かをなすにはあまりに短いなどと口先ばかりの警句を弄しながら、事実は、才能の不足を暴露するかもしれないとの卑怯な危惧と、刻苦をいとう怠惰とがおれのすべてだったのだ。おれよりもはるかに乏しい才能でありながら、それを専一に磨いたがために、堂々たる詩家となった者がいくらでもいるのだ。虎となり果てた今、おれはようやくそれに気がついた。それを思うと、⑤おれは今も胸を怐かれるような悔いを感じる。おれにはもはや人間としての生活はできない。たとえ、今、おれが頭の中で、どんな優れた詩を作ったにしたところで、どういう手段で発表できよう。まして、おれの頭は日ごとに虎に近づいてゆく。どうすればいいのだ。おれの空費された過去は? おれはたまらなくなる。そういうとき、おれは、向こうの山の頂の巌に上り、空谷に向かって吼える。この胸を怐く悲しみを誰かに訴えたいのだ。おれは昨夕も、あそこで月に向かって咆えた。誰かにこの苦しみがわかってもらえないかと。しかし、獣どもはおれの声を聞いて、ただ、懼れ、ひれ伏すばかり。山も木も月も露も、一匹の虎が怒り狂って、哮っているとしか考えない。天に躍り地に伏して嘆いても、誰一人おれの気持ちをわかってくれる者はない。ちょうど、人間だったころ、おれのキズつきやすい内心を誰も理解してくれなかったように。⑥おれの毛皮のぬれたのは、夜露のためばかりではない
ようやくあたりの暗さが薄らいできた。木の間を伝って、いずこからか、暁角が哀しげに響き始めた。

 

問一 傍線部A〜Cのカタカナは漢字に直し、漢字は読みをひらがなで答えよ。

問二 傍線部①とあるが、
(1)読み方をひらがなで答えよ。
(2)意味として、適切なものは次のうちどれか。
ア 仲間内でたがいにしのぎ合って高みを目指すこと。
イ 仲間を切ることができるように、己を磨くこと。
ウ 友人に認めてもらえるように努力すること。
エ 好敵手を探して辛い修行をともに乗り越えること。

問三 傍線部②「珠」・傍線部③「瓦」は何の喩えか。それぞれ本文から二字で抜き出せ。

問四 傍線部④とあるが、李徴にひそむ「猛獣」は何だったのか。本文から十五字以内で抜き出せ。

問五 傍線部⑤とあるが、具体的にどのような「悔い」を感じているのか。空欄に本文から四十字以内で入るべき箇所を抜き出し、はじめと終わりの三字を答えよ。
◆(     )という悔いを感じている。

問六 傍線部⑥とあるが、夜露のほかに何が「毛皮」をぬらしたのか。漢字一字で答えよ。

問七 本文の作品名と作者を漢字で答えよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【解答例】
問一 Aつと(めて) Bいさぎよ(し) C傷
問二(1)せっさたくま (2)ア
問三 ②鬼才 ③俗物
問四 臆病な自尊心と、尊大な羞恥心
問五 進んで〜かった(という悔いを感じている。)
問六 涙
問七 山月記、中島敦

 

 

 

 

 

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