『文学のふるさと』テスト問題〈第三段落〉




【三】本文について、設問に答えよ。

もう一つ、もうすこし分かりやすい例として、伊勢物語の一つの話を引きましょう。
昔、ある男が女に懸想してしきりに口説いてみるのですが、女がうんと言いません。ようやく三年目に、それでは一緒になってもいいと女が言うようになったので、男は飛びたつばかりに喜び、さっそく、駆け落ちすることになって二人は都を逃げだしたのです。芥の渡しという所をすぎて野原へかかったことには夜も更け、そのうえ、雷が鳴り雨が降りだしました。男は女の手をひいて野原を一散に駆けだしたのですが、稲妻にてらされた草の葉の露を見て、女は手をひかれて走りながら、あれは何? と尋ねました。しかし、男はあせっていて、返事をするひまもありません。ようやく一軒の荒れ果てた家を見つけたので、飛びこんで、女を押し入れの中へ入れ、鬼が来たら一刺しにしてくれようと槍をもって押し入れの前にがんばっていたのですが、それにもかかわらず鬼が来て、押し入れの中の女を食べてしまったのです。あいにくそのとき、荒々しい雷が鳴りひびいたので、女の悲鳴もきこえなかったのでした。夜が明けて、男は初めて女が既に鬼に殺されてしまったことに気づいたのです。そこで、①白玉か何ぞと人の問ひしとき露と答へて消えなましものを  つまり、草の葉の露を見てあれは何と女がきいたとき、露だと答えて、一緒に消えてしまえばよかった  という歌をよんで、泣いたという話です。
この物語には男が断腸の歌をよんで泣いたという感情の付加があって、読者は突き放された思いをせずに済むのですが、しかし、これも、モラルを超えたところにある話の一つではありましょう。
この物語では、三年も口説いてやっと思いがかなったところでまんまと鬼にさらわれてしまうという対照の巧妙さや、暗夜の曠野を手をひいて走りながら、草の葉の露を見て女があれは何ときくけれども男は一途に走ろうとして返事すらもできない  この美しい情景を持ってきて、男の悲嘆と結び合わせる綾とし、②この物語を宝石の美しさにまで仕上げています
つまり、女を思う男の情熱が激しければ激しいほど、女が鬼に食われるというむごたらしさが生きるのだし、男と女の駆け落ちのさまが美しくせまるものであればあるほど、同様に、むごたらしさが生きるのであります。女が毒婦だったり、男の情熱がいいかげんなものであれば、このむごたらしさはあり得ません。また、草の葉の露をさしてあれは何と女がきくけれども男は返事のひますらもないという一挿話がなければ、この物語の値打ちの大半は消えるものと思われます。
つまり、③ただモラルがない、ただ突き放す、ということだけで簡単にこの凄然たる静かな美しさが生まれるものではないでしょう。ただモラルがない、突き放すというだけならば、我々は鬼や悪玉をのさばらせて、いくつの物語でも簡単に書くことができます。そういうものではありません。

 

 

問一 傍線部①とあるが、この歌を端的に言い換えている表現を四字で抜き出しなさい。

問二 傍線部②について、
(1)「この物語を宝石の美しさにまで仕上げ」るのに必要な要素を本文中から六字以内で三つ抜き出しなさい。
(2)「宝石の美しさ」を筆者は別の語で表現している。その表現を十字で抜き出しなさい。

問三 傍線部③とあるが、モラルがないこと以外で「この凄然たる美しさ」が生まれるために必要だったことを三つ答えなさい。

 

 




 

 

 

 

【解答例】
問一 断腸の歌
問二(1)対象の巧妙さ 美しい情景 男の悲嘆
(2)凄然たる静かな美しさ
問三 男の激しい情熱・駆け落ちの美しさ・草の葉の露の一挿話




 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

*

CAPTCHA