「桃花源記」書き下し文と現代語訳

◆テスト予想問題はこちら!!

「桃花源記」テスト問題〈前半〉

「桃花源記」テスト問題〈後半〉

 

◆PDFはこちらからダウンロードできます!




〈書き下し文〉

晋の太元中、武陵の人魚を捕らふるを業と為す。渓に縁りて行き、路の遠近を忘る。忽ち桃花の林に逢ふ。岸を夾むこと数百歩、中に雑樹無し。芳草鮮美、落英繽紛たり。漁人甚だ之を異しみ、復た前み行きて、其の林を窮めんと欲す。林水源に尽き、便ち一山を得たり。

山に小口有り、髣髴として光有るがごとし。便ち船を捨てて口より入る。初めは極めて狭く、纔かに人を通ずるのみ。復た行くこと数十歩、豁然として開朗なり。土地平曠にして、屋舎儼然たり。良田・美池・桑竹の属有り。阡陌交はり通じ、鶏犬相聞こゆ。其中の往来種作する男女の衣著は、悉く外人のごとし。黄髪垂髫、並怡然として自ら楽しむ。

漁人を見て、乃ち大いに驚き、従りて来たる所を問ふ。具に之に答ふ。便ち要へて家に還り、酒を設け鶏を殺して食を作る。村中此の人有るを聞き、咸来たりて問訊す。自ら云ふ、「先世秦時の乱を避け、妻子邑人を率ゐて、此の絶境に来たりて復た出でず。遂に外人と間隔せり。」と。問ふ、「今は是れ何の世ぞ。」と。乃ち漢有るを知らず、魏・晋に論無し。此の人一一為に具に聞く所を言ふ。皆嘆惋す。余人各復た延きて其の家に至らしめ、皆酒食を出だす。停まること数日にして辞去す。此中の人語りて云ふ、「外人の為に道ふに足らざるなり。」と。

既に出でて、其の船を得、便ち向の路に扶ひ、処処に之を誌す。郡下に及び太守に詣りて、説くこと此くのごとし。太守即ち人をして其に随ひて往かしむ。向の誌しし所を尋ぬるに、遂に迷ひて復た路を得ず。

南陽の劉子驥は、高尚の士なり。之を聞き、欣然として往かんことを規るも、未だ果たさず、尋いで病みて終はる。後遂に津を問ふ者無し。




〈現代語訳〉

晋の太元年間のこと、武陵の人で、魚捕りを仕事とする人がいた。(ある日)彼は谷川に沿って船を進めて行くうちに、どれほどの道のりを来たのかわからなくなってしまった。すると、突然桃の花の咲いている林に行きあたった。川を挟んで両岸に数百歩の間、中には桃以外の木はなかった。香りの良い草が色鮮やかに美しく茂り、桃の花びらがひらひらと乱れ散っていた。漁師はこれをたいそう不思議に思い、再び船を進めて、桃の林を見極めようとした。やがて、林は谷川の水源のところでなくなり、そこに一つの山があった。

山には小さな洞穴があり、(その中は)ぼんやりと光があるようである。そこで(漁師は)船を乗り捨てて、穴から入って行った。初めは大変狭く、やっと人が一人通れるだけであった。さらに数十歩進むと、(目の前が)からりと開けて明るい所に出た。土地は平らで広々しており、家々はきちんと整っていた。よく手入れされた畑、美しい池、桑畑や竹林の類があった。田のあぜ道は四方に行き交い、鶏や犬の鳴き声が聞こえる。そこを行き来したり、種まきや耕作の仕事をしたりしている男女の衣服は、みんな外部の人と変わりはないようだった。髪の毛が黄色くなった老人も、お下げ髪の子どもも、皆うれしそうに生活を楽しんでいた。

村人は漁師を見るとそこで非常に驚いて、どこから来たのかと尋ねた。漁師はこと細かに答えた。すると、村人は早速ぜひ来てくれと誘って自分の家に連れて帰り、酒を用意し、鶏を殺して、食事を作った。村中の人はこの人がいることを聞きつけると、みな挨拶にやって来た。

(そして、)自分たちのほうから言った、「我々の先祖は、秦の始皇帝が死んだ後の世の乱れを避けて、妻子や村人たちを引き連れ、この隔絶した場所にやって来て、それっきり二度と外に出ませんでした。こうして外部の人とは縁が切れてしまいました。」と。そして漁師に尋ねた、「今はいったい何という時代なのですか。」と。なんと、村人たちは秦のすぐ後の漢の時代があったことさえ知らず、まして魏や晋の時代を知らないことは言うまでもなかった。漁師は、自分の聞き知っていることを一つ一つ詳しく村人たちに説明してやった。それを聞いて村人たちはみなため息をついて感心した。ほかの人たちも、それぞれ漁師を自分の家に招いて、皆、酒と食べ物を出してもてなした。漁師は数日滞在した後、村人たちに別れを告げた。村人たちは漁師に言った、「外部の人たちに(この村のことを)お話しになるには及びませんよ。」と。

漁師はやがて村の外へ出て、自分の船を見つけると、すぐにもと来た道をたどりながら、要所要所に目印をつけておいた。やがて郡の役所のある町に着くと、郡の長官の所へ参上して、このようなことがあったと申し上げた。長官は早速人を遣わして、漁師の後について行かせた。前につけた目印を頼って行ったが、そのまま迷って二度と村へ行く道を見つけることができなかった。

南陽の劉子驥は、俗世を去った高潔な人であった。この話を聞くと、喜び勇んでそこに行こうと試みたが、まだ実行しないうちに、まもなく病気になって死んでしまった。その後、桃源郷を訪れようとする者はなかった。

 




 

 

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

*

CAPTCHA